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千葉地方裁判所木更津支部 昭和61年(タ)8号 判決

原告(反訴被告) 甲花子

右訴訟代理人弁護士 浜名儀一

同 土佐康夫

同 白石哲也

被告(反訴原告) 乙太郎

被告 丁竹子

右両名訴訟代理人弁護士 石井正

主文

一  本訴および反訴各請求に基づき、原告(反訴被告)と被告(反訴原告)とを離婚する。

二  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)との間の長男乙一郎(一九八一年三月四日生)の親権者を原告(反訴被告)と定める。

三  原告の被告乙太郎に対するその余の本訴請求および被告丁竹子に対する請求をいずれも棄却する。

四  反訴原告のその余の反訴請求を棄却する。

五  訴訟費用は、原告(反訴被告)と被告(反訴原告)乙太郎との間では、本訴反訴を通じてこれを二分し、その一を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)乙太郎の負担とし、原告と被告丁竹子との間では原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  原告

1 原告と被告乙太郎とを離婚する。

2(一) (主位的)

原告と被告乙太郎との間の長男乙一郎(一九八一年三月四日生)の親権者を原告と定める。

(二) (予備的)

(1) 原告と被告乙太郎間の長男一郎(一九八一年三月四日生)の養育監護権者を原告と定める。

(2) 被告乙太郎は原告に対し昭和五九年一月から長男乙一郎が満二〇才に達する月まで毎月末日限り月額金四万六二二〇円ずつを支払え。

3 被告両名は原告に対し各自金一〇〇〇万円およびこれに対する本判決確定の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告両名

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

なお、2(二)(2)の被告乙太郎に対し月額金四万六二二〇円ずつの支払を求める部分については、却下を求める。

(反訴について)

一  反訴原告

1 反訴原告と反訴被告とを離婚する。

2 反訴被告は反訴原告に対し金一〇〇〇万円およびこれに対する本判決確定の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は反訴被告の負担とする。

二  反訴被告

1 反訴原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴について)

一  請求の原因

1 原告と被告乙太郎とは、共に大韓民国の国籍を有する者であるが、昭和五五年(一九八〇年)三月一五日に婚姻し、昭和五六年(一九八一年)三月四日には長男乙一郎が出生した。

2 原告と被告乙太郎夫婦については、次のとおり、大韓民国民法八四〇条にいう、「悪意の遺棄」(二号)、「配偶者又はその直系尊属から著しく不当な待遇を受けた」(三号)、又は「婚姻を継続し難い重大な事由」(六号)の、いずれかの離婚原因がある。

すなわち、原告と被告乙太郎は、その婚姻後は甲田市北原において被告乙太郎の両親(被告丁竹子は被告乙太郎の母)と半同居の生活をしていたが、被告丁竹子は感情の起伏が激しく気の変りやすい性格で、「女は借腹だ」等と言って原告が長男乙一郎を連れて実家に帰ることに注意を与えたこと等から、次第に原告との折り合いが悪くなり、原告と被告乙太郎とは、昭和五八年七月中旬ころ、甲田市乙田のアパートに移住した。その後同年八月ころ被告乙太郎の妹春子の婚姻に関しなされた中傷の手紙の出所をめぐって右関係は更に悪化していたところ、昭和五九年の一月一六日になって、被告丁竹子は、原告夫婦が正月に挨拶に来ないと憤慨して、原告と被告乙太郎の右アパートに押しかけ、その離婚を強要して原告に殴りかかる等の暴行を加えたり、アパートのガラス戸を蹴る等の乱暴を加えたりした。そこで同被告の実子の被告乙太郎は、被告丁竹子をなだめるため一緒に実家に帰ったが、その後態度を急変させ、それまでは実母の被告丁竹子から原告との離婚を要求されてもこれを拒否していたのに、原告と離婚すると言いだして実家に戻り、昭和五九年一月のうちに原告を相手に離婚調停を申し立て、その後本件訴訟に至ったものである。

3 原告は、父甲松夫、母丙松子の長女として一九五六年二月一八日に日本国で生まれた三世であり、義務教育(甲田市立丙田小学校、同丙田中学校)も、高等学校教育(丁田高校)も、ともに日本国の学校で受け、その後も全て日本国内で生活してきており、韓国で生活したことはなく、韓国語はわからず、日本国の法律に基づいて生活してきている。

一方、被告乙太郎は、父乙竹夫、母丁竹子の長男として一九五一年一〇月二三日、日本国で生まれた二世であり、義務教育(甲田市立戊田小学校、同戊田中学校)も、高等学校教育(県立甲田高校)も、更には大学教育(甲原大学薬学部)も日本国の学校で受け、その後は日本国内に就職し、韓国で生活したことはない。

そして長男乙一郎は、日本国(甲田市)で出生し、両親の別居後は母である原告のもとから乙原保育園に通園し、昭和六二年四月からは甲田市立丙田小学校に通学していて、韓国語は話せず、日本語を話し、日本人の友人と遊ぶ生活をしている。

原告は、長男乙一郎の出生以来、片時も離さず養育監護し、同人も母である原告を慕っているが、父である乙太郎は、昭和五九年一月の原告との別居以後、長男乙一郎を養育しようとせず、その養育料の負担もしていない。

右のような事情であるから、大韓民国民法九〇九条を適用して母である原告が長男乙一郎の親権者になれないとすることは、日本国の公序良俗に反するというべきであり、法例三〇条により、父の本国法である大韓民国民法九〇九条の適用を排除し、母である原告を長男乙一郎の親権者に指定すべきである。

4 仮に原告を長男乙一郎の親権者と定めることができないとしても、原告は長男乙一郎を昭和五九年一月から単独で養育監護してきているから、原告を養育監護権者と定め、かつ被告乙太郎は同月以降長男乙一郎が満二〇才に達する月まで毎月末日限り月額金四万六二二〇円ずつの養育料を支払うべきである。

5 前記2記載のとおり、被告乙太郎は、原告と被告丁竹子の間が険悪な状態になったことを知りながらこれを放置し続け、原告の精神的肉体的苦労をいたわらず、かえって原告を遺棄し、現在は原告との婚姻関係を維持する意思すらないものである。

また被告丁松子は、前記2記載のとおり、何ら非のない原告と被告乙太郎との間の婚姻生活を破綻せしめたものである。

被告らの右所為は、日本国民法七一九条の共同不法行為に該当するものであり、右所為により原告は精神的苦痛を受け、それを慰藉するには金一〇〇〇万円を下らない金員を要する。

よって原告は、被告乙太郎に対しては、大韓民国民法八四〇条に基づき離婚を求めるとともに、長男乙一郎の親権者を原告と定めること(予備的に養育監護権者を原告と定め養育料として月額金四万六二二〇円の割合による金員を支払うこと)を求め、かつ被告両名に対し各自不法行為による損害賠償金一〇〇〇万円およびこれに対する本判決確定の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち冒頭部分は争う。すなわち以下の部分については、婚姻当初は被告乙太郎の両親と半同居の状態であったこと、被告丁竹子が原告に対し「女は借腹だ」と言ったこと、昭和五八年七月中旬に原告と被告乙太郎夫婦が甲田市乙田のアパートに移住したこと、昭和五九年一月一六日に被告丁竹子が右アパートに来て、その後被告乙太郎が実家に帰ったこと、そして被告乙太郎が原告に対し離婚の申出をなし、昭和五九年一月のうちに離婚調停の申し立てをしたことは認めるが、その余は否認する。

3 同3の主張のうち、法例三〇条の適用により大韓民国民法九〇九条の適用が排除されるべきであるとの部分は争う。長男乙一郎の父たる被告乙太郎は、その両親が健在であって、被告乙太郎も長男の養育を強く希望していて、その養育の意思および能力において欠けるところはないから、親権者は大韓民国民法により、被告乙太郎がなるべきである。

4 同4の主張については争う。なお、長男乙一郎の養育費の請求を離婚請求に付帯してなすのは不適法であり、家庭裁判所の審判手続でなされるべきである。

5 同5の事実は否認する。

(反訴について)

一  請求の原因

1 本訴請求原因1の事実を引用する。

2 反訴原告と反訴被告夫婦については、次のとおり、大韓民国民法八四〇条にいう、「悪意の遺棄」(二号)、「配偶者から著しく不当な待遇を受けた」(三号)、又は「婚姻を継続し難い重大な事由」(六号)の、いずれかの離婚原因がある。

すなわち、反訴原告と反訴被告は、その婚姻後は反訴原告の両親と半同居の生活をしていたが、反訴被告は、長男乙一郎が出生したことから反訴原告がその両親等と接触することを快く思わなくなり、長男を連れて頻繁にその実家(甲松夫方)に帰ることを繰り返すようになり、ために反訴原告と反訴被告の夫婦関係および本訴被告丁竹子と反訴被告との嫁姑関係に亀裂が生ずるようになった。そして、昭和五八年七月になって、反訴被告が頻繁に実家に帰ることについて姑の丁竹子が「借腹だ」等と注意したことや、反訴被告が姑から買い与えられたセーターを切り裂く等の行為をしたことから右亀裂は更に深まり、反訴原告と反訴被告は、昭和五八年七月二〇日ころ長男乙一郎を連れて甲田市乙田のアパートに転居した。ところが、昭和五八年八月二六日になって、結婚を真近に控えた反訴原告の妹春子を中傷する手紙がその嫁ぎ先に郵送されたことから、右手紙の発信人は反訴被告側の人間ではないかという疑いが生じ、仲人であった戊梅夫夫婦も反訴被告側に立ったため、右亀裂は更に深まることとなった。その後、昭和五九年正月になって、反訴被告は反訴原告の実家に年始回りをしなかったこと等から、昭和五九年一月六日には姑の丁竹子が前記アパートに押しかけ暴行を働く事態となった。反訴原告は、その間、実父母と妻である反訴被告との間の仲をとりもつため懸命の努力をしたが、反訴被告はこれに協力せず、やむなく反訴原告は昭和五九年一月のうちに反訴被告を相手に離婚調停の申立をし、その後本件訴訟に至っているものである。なお、反訴原告と反訴被告間の紛争が発端となって、昭和六〇年四月二三日には、前記戊梅夫が丁竹子を殺害しようとした刑事事件が発生している。

3 反訴被告は、右2で述べた経緯により反訴原告との夫婦関係を破綻させたものであり、反訴原告は著しい精神的苦痛を受けたので、これを慰藉するには金一〇〇〇万円を下らない金員を要する。

よって、反訴原告は反訴被告に対し、大韓民国民法八四〇条に基づき離婚を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償金一〇〇〇万円およびこれに対する本判決確定の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、冒頭部分は争う。すなわち以下の部分については、反訴被告がセーターを切り裂いたことは認め、その余は本訴請求原因2に合致するものと認め、残りは否認する。

3 同3の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)乙太郎との婚姻と長男乙一郎の出生

《証拠省略》によれば、原告(反訴被告)と被告(反訴原告)乙太郎とは、ともに大韓民国の国籍を有する者であり、昭和五五年(一九八〇年)三月一五日に婚姻し、昭和五六年(一九八一年)三月四日には長男乙一郎が出生したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  離婚原因の有無

《証拠省略》を総合すれば、甲花子と乙太郎は、乙太郎の実家の近くに借家して乙太郎の両親と半同居の形で昭和五五年三月からその結婚生活を開始させたこと、ところが乙太郎の実母である丁竹子は気の強い性格であり、昭和五八年七月初めころ甲花子が頻繁に実家に帰ることについて姑の丁竹子が「借腹だ」等と注意したことや、そのころ甲花子が姑の丁竹子から買い与えられたセーターを切り裂く等の行為をしたこともあって、甲花子と丁竹子の折り合いが悪くなり、これを改善するため、甲花子と乙太郎は昭和五八年七月二〇日ころには右の借家を出て、甲田市乙田のアポートに移住したこと、その後乙太郎の妹の結婚問題につきこれを中傷する内容の手紙の出所をめぐって乙家側と甲家側とでトラブルになったことがあったが、昭和五九年正月に至り、甲花子が挨拶に来ないことに憤慨した丁竹子が甲田市乙田の右アパートに押しかけ、ガラス戸を蹴ってガラスを割る等の乱暴をしたことがきっかけとなって、乙太郎は右アパートを出て実家に戻り、以来、甲花子と乙太郎は別居していること、その後まもなく、乙太郎は、甲花子を相手に離婚調停申立てをしたりしたが、昭和六〇年四月二三日に至り、甲花子と乙太郎の婚姻の仲人役をした戊梅夫が、右別居等をめぐって丁竹子と争いとなり、衝動的に同女を殺害しようとしたが加療一〇日間を要する傷害を負わせたにとどまりその目的を遂げなかった殺人未遂事件が発生し、その際、止めに入った乙太郎も腹部刺創(脾臓刺創)・左眼球刺創の傷害を受け、ために戊梅夫は、昭和六〇年八月五日、千葉地方裁判所木更津支部で懲役三年(四年間刑執行猶予)の判決を受けるに至ったこと、甲花子は昭和六一年五月二四日付けで、乙太郎は昭和六一年六月二五日付けで、それぞれ離婚を求める訴訟を提起し、その間、共に一貫して離婚の意思を表明していること、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、本件の離婚の準拠法は、法例一六条により、夫である被告(反訴原告)乙太郎の本国法すなわち大韓民国民法であり、かつ、その離婚原因事実が我が国の法律によっても離婚原因となるときでなければ離婚の請求を認容することができないところ、前記認定事実によれば、甲花子と乙太郎の婚姻は既に破綻しており、かつ本件において双方が本訴および反訴において互いに離婚を請求している事実とあいまち、右婚姻はこれを継続し難い重大な事由があるといわざるをえない。この事実は、大韓民国民法八四〇条六号および日本国民法七七〇条一項五号に該当するから、結局、本訴および反訴に基づいて原告(反訴被告)と被告(反訴原告)乙太郎とを離婚することとする。

三  親権者の指定について

《証拠省略》を総合すれば、長男乙一郎(一九八一年三月四日生)の母である甲花子は、一九五六年二月一八日に日本国で生まれたいわゆる三世であり、出生後一貫して日本国内の千葉県甲田市内で生活しており、小学校・中学校・高等学校の教育の全てを日本国の学校で受け、国籍を有する大韓民国で生活したことは全くなく、韓国語もわからないこと、一方、父である乙太郎は、一九五一年一〇月二三日に日本国で生まれた二世であり、出生後一貫して日本国内の千葉県内で生活しており、小学校・中学校・高等学校・大学の各教育の全てを日本国の学校で受け、国籍を有する大韓民国で生活したことはないこと、長男乙一郎の養育は一貫して母である甲花子が行なってきており、父である乙太郎は、昭和五九年一月の別居以来、長男乙一郎と会ったことはなく、また養育料の支払もしてきていないこと、以上を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右の認定事実によれば、長男乙一郎は母である甲花子の許で引き続き監護養育されることが同児の福祉に合致するものというべきところ、このような事情にある本件において、大韓民国民法九〇九条に従い乙一郎の親権者は法律上自動的に父に定まっているものとして取り扱うときは、乙一郎を継続して監護養育している母である甲花子から親権者の地位を奪うことになって、親権者の指定は子の福祉を中心に考慮決定すべきものとする我が国の社会通念に反する結果を来し、ひいては我が国の公の秩序又は善良の風俗に反するものと解するのが相当である。したがって、本件の場合、法例三〇条により、父の本国法である大韓民国民法の適用を排除して、日本国民法八一九条二項を適用して母である甲花子を長男乙一郎の親権者と定めることとする。

四  損害賠償請求について

原告(反訴被告)甲花子および被告(反訴原告)乙太郎は、いずれも本件の離婚原因事実については相手方が有責であると主張し、これを前提として互に慰藉料を請求するが、前記二認定事実によれば、その破綻の原因につき被告(反訴原告)乙太郎の方に最後まで原告(反訴被告)との同居を続けようとしなかったという点で落度があったということができるものの、それまでは被告(反訴原告)乙太郎の方でも母と妻との間にあってその関係をよくしようと懸命の努力をしてきており、原告(反訴被告)もその努力に対し十分な理解・協力をしなかったという点で落度があり、結局、双方とも結婚生活を維持継続するについては落度があり、一方が他方に対し損害賠償としての慰藉料を請求しうるような関係にまではないといわざるをえないので、右各請求はいずれも棄却することとする。

原告甲花子の被告丁竹子に対する請求も、丁竹子は息子夫婦の生活に干渉し過ぎであると見る余地はあるものの、原告甲花子が損害賠償としての慰藉料を請求しうるような関係にまではないというべきであるので、右請求を棄却することとする。

五  結論

よって、本訴については主文第一、二項の限度で、反訴については主文第一項の限度で認容し、その余は失当としていずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中野哲弘)

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